025:のどあめ
寒風吹きすさぶ、3月中旬。
世間一般、常識的には最早春。
されど、眼下に広がる世界は、未だ冬真っ盛りである。
開け広げた窓から吹き込む風は、カーテンをゆらゆらと揺らし教室を渡り、
そしてそのまま廊下へと吸い込まれてゆく。
視界の端に、白いカーテンがちらつく。
正直鬱陶しかったが、かといって窓を閉める気にもなれなかった。
けれど閉めない訳にはいかないのだ。
音が漏れるから閉めて、と先程から何度も云われている。
耳に柔らかく残るソプラノ。低く唸るアルト。
いくつもの音の波が重なって、一つの曲を作り上げる。
祭り騒ぎは大好きだ。
けれど今回は、なんだか羽目を外しすぎた気がする。
確かに気分が高揚していたのも事実だけれど。
だからと云って、こんなに早く喉を痛めるだなんて、思っても見なかった。
悔しい気持ちを押し込める為に生唾を飲み込み、余計に喉が熱を持つ。
クラスメイトの真剣な態度、熱い視線。
対照的に、自分だけが冷め切っている。
知らない間に作られた、見えない壁が世界を分ける。
笑い声は、届かない。
皆が先へ進む姿を、自分だけ一歩後ろで見ているだけなんて耐えられやしない。
帰るから、と掠れた声で言葉を残して教室から抜け出す。
いや、逃げ出すのかもしれない。
大急ぎで階段を駆け下り、下駄箱へと向かう。
一つ咳き込み自分が手に、何も持っていないことに気づく。
今更戻るのもなんだか癪で、どうしたものかと考え込んでいると、
アイツが二人分の荷物を持って、階段を降りてきた。
オマエも帰るのかよ。と訪ねると、オマエと一緒にするな。と軽く流される。
一人で帰るの、ホントは寂しいくせに。
アイツは人が一番云われたくないことを、平気で云う。
何のお構いもなしに、戸惑いもせず。
二人連れだって、短い家路を辿る。
アイツと二人っきりで帰るのは、いつの頃からか已めてしまっていた。
家だって隣同士で、クラスだって同じなのに。
お互い避けるように、少しずつ少しずつ、隣にいるのに離れていた。
いつの間にか、アイツを見上げるようになっていた。
昔はよく泣いて、よく笑って。
くるくると色を変えていた顔は、今では全然動かない。
顔の筋肉固まってんじゃないかって、時々思うくらいに。
アイツの、少し眺めの前髪を見つめる。
風が吹いて、それから已んで。眼鏡の縁に、前髪が掛かる。
取り憑かれたように見つめ続けると、次第に焦点が合わなくなる。
アイツとの距離が縮まって、思わず後ずさりする。
腕をきつく捕まれて、痛みが体中を満たす。
アイツが口の端を歪めて笑う。
突如息苦しくなって咳き込み、反射的に目を瞑る。
喉は相変わらず痛くて、頭の中が熱くなって。
何度も何度も咳き込んで、余計に止まらなくなった。
やっと落ち着いて一息、深呼吸。
舌先に異物感を感じて、思わず顔を顰める。
仄かに口中に広がる花櫚の味。
ほんの少しだけ苦くて、ほんの少しだけ甘い。
いきなり何すんだョ、と相変わらず掠れた声で訪ねると、
アイツは手で口を押さえ、笑いを抑えながら、
オマエの一番欲しがる、甘い薬をやっただけだよ。と不貞不貞しく言い放つ。
苦い薬が嫌いだなんて、まだ覚えてたのかよこの野郎。
疲れた喉を潤して、喉飴は消えた。
025:のどあめ:ドルチェ。
腐女子フィルターを掛けて読むとタカセアサヒにも見えます(大嘘)
や、好きなように想像してください。
風呂場で思いついたンですが、最初っからユタの存在を気にしていなかったので、
恐らく中学時代の話かと思われます。たぶん。
のどあめ、というと自分の中学時代の音コンの事しか思い浮かばないのでそれで。
04.01.25