Double-dealer.

大嫌いって言葉の裏には、
大好きって気持ちが隠れてる。

「いて。」

消毒液の刺激が頬から体内に染み渡る。

「じゃぁもう喧嘩なんてしないの。」
母が、屈んで笑いかける。

「やだ。タカセが悪いんだ。僕、悪くない。」
「はいはい。じゃ高瀬君のお家に行って仲直りしておいで。」
「やだ。」

浅日は、声を荒立てる。

「そう。じゃぁ浅日は今日から一人で学校へ行くのね?
「・・・・・う。」

さっきまであんなに頑なに拒否していたのに。
今ではもう高瀬の家の前。
高瀬に自分から謝るのなんてシャクだけど、
この辺り一帯に、同級生の家なんて他にはない。
小学校一年生(オマケにちょっと小心者)の浅日にとって、
一人で学校に行くことなどそれ以上に耐え難い事だったのだ。
恐る恐る指先をインターフォンへと伸ばす。
冷え切った金属に熱を奪われるようだった。
鼓膜を振るわす音の波に耐えきれず浅日は耳を塞いだ。
「これだからタカセの家って嫌いなんだよ。」と毒づく。
だからといって本人に云うつもりは毛頭ないが。
機械を通してくぐもった声が聞こえる。
高瀬の姉の声だ。

「あの。タカセ居ますか?」

玄関の扉が軋んで開く。
そこには小さな高瀬の姿。
眉間に皺が寄っている。
怒りのメーターが余裕で振り切っているようだ。

「何の用だよ。」

ドスの効いた低い声。
いつもの高瀬の声じゃない、と浅日は感じた。

「・・・・あやまりにきた。」
「おまえにごめんなさいっていってもらってもうれしくない。」
「!!そんなこと云うなよ!僕が折角あやまりに来たのに!」
「うるさい。もう来るな。嫌いだ。おまえの顔なんて見たくない。」
「ま・・・・」

浅日の言葉を遮るように、高瀬は扉を閉めた。
浅日はただ呆然と前を見つめ続けていた。

家に帰って、母の前で浅日は初めて泣いた。
彼が母の前で泣いたのは初めてのことだった。
どんなに辛い事が合っても決して人前で涙など見せたことはなかった。
それだけ高瀬の態度で傷ついたのだ。
お隣同士で、生まれてからずっと一緒。
何度も喧嘩したけれどここまで酷かったのは初めてだ。
大抵どちらかが謝ってそれで終わりだったからだ。

涙で滲む世界の中で彼は崩れ落ちた。

翌日は12月24日。クリスマスイブだった。
いつもなら高瀬と二人で楽しく祝うはずだったのに。
今年はそれは叶わない。
否。これからもそれは叶わないかもしれなかった。

母は夜の為に買い物に出かけていた。
家の中には浅日一人。
初めは一人遊びで満足していたが、次第にそれも飽きてくる。
高瀬と共に遊んだ日々が、妙に懐かしく思えた。
名を、呟いてみる。
刹那。
インターフォンがけたたましい音で鳴いた。
足りない背を伸ばし、懸命に扉を開く。
するとそこには不機嫌顔の高瀬。
浅日が逢いたかった高瀬が立っていた。

「・・・・僕の顔なんてみたくないんじゃなかったの?」

逢いたかったはずなのに。
口から出てくるのは憎まれ口ばかり。
そんな自分が嫌になってぼろぼろと涙を流す。

「!ばか。泣くなよ!俺が泣かしたみたいじゃないか!」
「うるさいー。タカセが悪いんだからなーッ。」
「あー!!悪かった!俺が悪かった!コレやるから泣くのやめろ。」

勢いよく高瀬が右手を突き出す。
どうやら照れているようだ。左手で顔を覆っている。
そんな様子がかわいらしくて、ついつい微笑む。

「笑うな。」
「笑ってない。それより何?」

高瀬が笑った。
ゆっくりと右手を開くと、大小色とりどりの飴玉で溢れていた。

「クリスマスプレゼント。」
「・・・貰っていいの?」
「いいよ。」

あの高瀬が自分にモノをくれるなんて珍しくて。
その夜は頬が緩みっぱなしだった。

「・・・・あ?」

何時の間に寝ていたのだろうか。
日はすっかり傾いている。
なんだかとても懐かしい夢を見た気がした。
ふと見ると肩に「彼」の制服が掛かっている。
彼の心遣いが嬉しくて、教室を飛び出した。

「タカセッ!!」
「・・・御前、喧嘩してんだから話しかけてくんな。」

そういいつつも顔は笑っている。

「いいじゃん〜。コレ掛けてくれたのタカセだろー?」
「違う。」
「照れなくてもいいだろー?名前書いてあるからすぐわかるんだぜ?」
「五月蠅い。どっか行け。」
「タカセの云う事なんて聞きませんー。」
「・・・・・・・・・」
「反論は?」
「大嫌いだ。」

高瀬サン?十年前と云ってることが同じですよ?
いい加減素直になりましょうョ。

02.12.24

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