「レキ、聞いてる?・・・・レキシュ!」
「・・・・今はレギナルトだよ。ごめん、リナイ。もう一度言って?」
「・・・レキは相変わらずマイペースだね・・・」
突然話しかけられて、驚いた。この街は、酷く感傷に浸らせる。
年の離れた弟は、呆れながら大路の方を見つめている。
「この通りも相変わらず騒がしいね。らしくていいと思うけど」
「・・・リナイは騒がしい所が嫌いだったと思うんだが・・・」
「ふふ、そんな事言ったかな」
さも可笑しそうに、声を立てて笑う。
この掴みどころの無さが、彼が彼である所以のように思われる。
血の繋がった兄弟では無いにしろ、身内であってもリナイの事はよくわからない。
意志を読ませない言動に、誰もが翻弄される。
特にその不可思議な”声”に。
ぽつりぽつりと昔話をしながら、大路を王城の方へと上る。
ジラルディアの大路はいつも騒がしい。
大勢の人で溢れかえり、活気の良い声が辺りを飛び交う。
特に今日は、王の聖誕祭だから余計に騒がしい。人が多過ぎて、思うように前に進めない。
背の低いリナイは、人波に揉まれてとても窮屈そうにしている。
「リナイ、そこの裏路地に抜けよう。おいで」
そう言って二の腕を掴み、引きずり出すようにして路地へと抜ける。
リナイの腕の細さが懐かしく、何年経ってもお互い変わらないものだと思った。
路地の入り口に警備の兵隊の姿が眼に入り、思わず見つめてしまった。
慌てて目線を逸らしたが、警備兵は不思議そうにコチラを見ながら首を傾げていた。
表通りと違って、裏通りに人はほとんどいない。
華やかなのは表だけで、裏側は腐敗しきっているのだ。この国は。
「レキ」
後ろを歩く、リナイの足が止まる。
「そんなに戻りたい?」
「・・・・リナイの言うことの意味がわからない」
「じゃあもう一度言おう。レキは昔に戻りたいの?」
「・・・・どうしてそう思う」
リナイの顔が直視出来ない。
横を向いて、細い路地の壁を見つめる。夏の暑さで死にかけた虫が蠢いている。
「警備兵、見てたでしょ」
「・・・・リナイの気のせいだ」
図星。
騙し通せるはずなど無い。彼の言葉には従わせる支配力と強烈な存在感が有る。
「変わらないものを確認して、安心したいんだよね。でも残念。」
「変わらないものなんて存在しないよ、レキ」
返す言葉が見つからなかった。
そもそも口先でリナイに勝てる人間などいやしないのだ。
優しい声色で真理を唱える。
「さ、早く行こう。日が暮れるよ」
「過去に縋り付きたいのは僕も同じだ」
「え?」
笑いながら、呟く。
「そうでなければ、今、僕はここに居ない」
「・・・・そういえばそうだな」
今度はリナイが率先して王城への道を辿る。
青空に透けるような王城の姿が、眩しいほどに輝いていた。
千年後にも、同じように立ち続けているのだろうか。この城は。
ほとんどの警備兵が城下町の方へ、王の守護の為に下りているために人はほとんど居ない。
聞こえるのは、城下町の方からの騒がしい祝いの声だけだ。
勝手知った足取りで、奧へ奧へと進んでいく。
中庭を抜け、王城の北東の端に、目的地は有る。
「ただいま、王。こんなに騒がしくちゃ、墓参りの風情なんて無いに等しいけどね」
話しかけるその先に、墓石といった立派なものなど無い。
ただそこにあるのは、幼いリナイと俺の置いた石の固まりだけだ。
何故なら王の遺骨はここに存在しないからだ。
今日は王の”誕生日”であり”命日”でもある。
根元が同じ生き物だと言われても、俺たちにとっての王は最早この世にいない。
だからと言って今の王を認めない訳では無いが。
「レキは最近来た?ここ」
「ん、ああ」
形式的な祈りの言葉を述べてから、リナイが尋ねる。
「一応リナイだけじゃなくて、俺にとっても大切なヤツな訳だし」
「それにもう、今となっては俺たちの事を知る人が少なくなってきたから、来やすいってのもある」
「ああ、そういえばそうだね」
笑いながら、相づちを打つ。
アイツは今頃幸せなのだろうか。何故だか無性に心配してしまう。
危なっかしくて、けれど頼りがいのあった我が王。
紅髪の獅子王。
「あ」
「何?レキ」
「唄」
「唄?」
「唄ってやれよ。アイツ、リナイの唄が好きだっていつも言ってたじゃないか」
「どうしようかなあ」
「勿体ぶるなんてガラじゃないだろう」
「そうじゃなくってね、まだちょっと吹っ切れて無い感じ」
「でも、喜ぶと思う。アイツ。それだけは確かだ」
何十センチも低いリナイの肩を軽く叩く。
一度だけ頷いて、顔つきが変わる。
前に進み出て、一礼をし、静かに唄を紡ぎ出す。
死者に贈る唄。
唄っているときだけが、リナイが本当に生きているように見える。
例えその事が、彼自身を蝕む行為であろうとも。
風が、凪ぐ。
「ご静聴、ありがとうございました」
冗談めかした言い方で、深々と礼を捧げる。
労いの為に、と手を叩くと何処かで拍手が重なった。
「お見事」
「・・・!ラティス!」
振り向いたリナイが驚きの声を上げる。
「・・・・陛下」
勿論俺自身も驚く。
彼はここに居るはずの無い人間だ。
「や。二人とも、久しぶり」
人の良さそうな笑顔で笑う。
「今日の主役はお前だろ?こんなトコに居ていいのかよ」
呆れ顔で、リナイ。
「冷たいね、リナイ。僕にだって彼の墓参りをする権利くらいあるだろう」
薄く、笑う。
「今日は僕の誕生日であると同時に”僕”の命日でもある」
そう言ってゆっくりと片膝を地につけ、丁寧に祈りの言葉を述べる。
陛下は彼に酷く似ている。けれど全く違う、同じでは無い。
「・・・彼は私の存在を認めてくれているだろうか」
表情が歪む。陛下がそんな顔をするのを、初めて見た気がした。
頭を垂れる陛下の横顔に、自身の長い髪が掛かる。
顔色が読めない。
「愚問だな、ラティス」
「!」
滑稽だと言わんばかりに、リナイは笑う。
「そんなこと自明の理、だろう?」
「お前は認めて貰えなければ動けないような、器の小さい人間なのか?」
「・・・・正論だ。王たる人間として恥ずかしい」
「解ったら早く戻りなよ。さっきからレキが怖い顔して睨んでるよ」
「は!?睨んでなど無い!」
突然話を振らないでもらいたい。
「はは。それもそうだな」
「陛下まで!!」
「僕もロイちゃんが待ってるから早く帰ろうかなー」
・・・放置かよ。
「行こう、レキ」
「ああ」
さよなら、獅子王。
君が繋いだ世界は、まだ廻り続けているよ。
どうか安らかに。
薄闇に口を開けて浮かぶ三日月が、笑っているような気がした。
有子ちゃんの誕生日に押しつけました。
文章送って怒られないのって彼女だけなのだもの(笑
彼女がウタツカイコンビが好きなので、なんとなくそんな話にしようと思ったら、ロイさんは出てきませんでした。
可笑しいなあ・・・。
でもリナイ兄が書けたので満足。
ネタバレしないように必死でなんか中途半端になったので、なんとなく雰囲気で読むのがベストな選択だと思われます。
2006.04頃