「鳥籠の鳥」
信じられるのは自分だけだった。
部屋はいつも暗闇で。
光が差すのは小さな格子の窓からだけ。
部屋にはひとしきりの寝具があるだけ。
ただ座り、弱々しく生きる少女がそこにいた。
とても色白で名をユズルといった。
彼女は、ワケあってそこで過ごしていた。
外の世界なんて知らなくて。
知りたいとも思わなかった。
ユズルの知っていることは、
いつも食事を運んでくる兄と
一緒に暮らす白い鳥の存在だけだった。
「・・・・・・おいで。」
声を掛けると、弱々しくすり寄ってくる。
ただ退屈な毎日を辛うじて生きながらえることができるのは、
偏にこの小さな同居人の存在が大きかったのだ。
「ユズル。」
部屋の扉が静かに開く。
長身の兄、メグルが足を踏み入れる。
「・・・・・・いい加減ココをでる気はないのか・・・?」
メグルが優しく問う。
ユズルはそっと首を振る。
メグルもユズルを閉じこめたくて閉じこめているワケではないのだ。
ただ、ユズルがここを離れようとしないだけ。
母親がユズルをこの地で産み落として死んだということを知ってから
どういうワケかこの部屋をでなくなってしまったのだ。
何年もベットの上に座り続けたまま、動かなくなってしまったのだ。
もっとも、今となっては足の筋肉が退化し
「動けなくなった」というのが妥当な所だけれども。
「・・・・・また来るよ」
メグルがそう云ってそっと笑い、部屋を出て行った。
部屋にまた静寂が戻る。
ユズルは座ったまま瞳を閉じて眠りについた。
傍らには例の白い鳥が眠りについていた。
あくる朝、ユズルが瞼を開けると
その鳥は死んでいた。永遠の眠りについたのだ。
ユズルは驚いてその鳥を両手で持ち上げた。
やせ細った四肢は既に冷たくなっていた。
ユズルは、泣いた。
その身体の何処にそんな力が有ったのだろうか。
辺り一面に木霊するほど、泣いたのだ。
メグルが驚いて駆けつける。
兄であるメグルでさえ、
こんなに取り乱したユズルを見るのは初めてだった。
「兄さん。どうしてこの子は死んだの?私もいつかこうなるの?」
掠れた声でユズルは問う。
メグルは何も云えずただユズルと共に泣きながら、
彼女の肩を抱いていた。
日が沈む。夜が来る。
閉じた瞳から涙が流れる。
ユズルは鳥籠を抱きしめながら泣いた。
ずっとずっと、鳥籠を抱いていた。
「朝なんてこなければいいのに。時間なんて過ぎなければいいのに・・・・・」
今宵も夜が開ける。
02.09