Severed Tie.
『昨夜未明から降り続く雪は、今夜遅く迄にはやむでしょう。』
と、ブラウン管越しに、ニュースのお天気オネエサンの声を聞く。
続いては県内ニュースらしい。
そんなテレビを横目に見つつ、冬休み中の怠惰な生活でだらけきった体を引きずり、玄関へと出た。
指先が悴んで動かない。
息を吐けば口中の水分が、白い煙となり消えてゆく。
そんな小さな事でも喜べる自分が、まだまだ幼く感じ、思わず笑った。
今年の冬も寒いらしい。
一月初等の冷え冷えとした空気が、街中を支配してた。辺り一面、銀世界だ。
積もった雪を豪快に踏みならしながら、イチがやってきた。
こっちに向かって手を振りながら駆けてくる。
相変わらずご近所迷惑な大声も健在のようだ。
久しぶりに逢ったイチは、何だか少し日に焼けていた。背も少し伸びたみたいだ。
そう呟くと、イチは眉根を寄せ顔を真っ赤にしながら
喧嘩売ってんの?と抗議した。
これまた相変わらず怒りっぽいらしい。
イチは、冗談めかした言葉でさえ、本気の言葉として取る。
冗談が通じないというか、冗談と本気の言葉の境界線が解らないのだ。
そんな様子が面白くて、ついついからかっているのだが、
本人に云ったら半殺しは間違いないので黙っておく。
基本的に、イチはヤなことは表に出さない傾向がある。
悩みなんかを自分の内側に全部溜め、消化しようと藻掻く。
その方法として、イチは『怒る』という方法を選択した。
溜め込んだストレスを、怒りで発散しようとしているのだ。
しかし結局は消化しきれずに、俺の所へ泣きついてくる。
廻りには良い迷惑だと常々思うのだが。
今回もそうだった。
かれこれ半年近く連絡も寄越さなかった癖に、昨日突然電話を掛けてきた。
泣きすぎて枯れたのか、掠れた声で一言、海が見たいと云ってくる。
昔から我が儘なヤツだったから、今回も単なる気まぐれかとも思ったが
電話越しの声があまりにも弱々しくて、なんだか放っておけなかった。
結局ヤツに振り回されるのはいつもオレ。
電車が揺れる。
年始の為、駅のホームも電車の中もガラガラだった。
車内を見渡せば、空席が目立つ。
それなのにイチはわざわざ隣に座り、俺に寄り添ってくる。
こういうところは可愛いと思うが、なにせ前科があるので侮れない。
窓の外の景色が流れてゆく。
電車の外の景色は、雪に反射した光でキラキラと光っていたが、
別世界のようで見ている気にもなれなかった。
まるで自分達だけが隔離されているようで。
代わりと云う訳ではないが、そっとイチの方を覗き見る。
さらさらの髪の毛先が、光に透けて茶色に見えた。
昔と比べ、痩せた顔が、今の生活の辛さを物語っていた。
イチは中卒で社会に出た。
一番親しかった人にも内緒にして、一人で生きていこうとしたのだ。
イチは強い。
けれど弱い。
意地を張っていたって、本気で怒っていたって。
俺にとってのイチは、いつまでたっても手のかかるお子様。
そんなイチは、俺の肩に寄り掛かってすっかり夢の中。
半開きの唇から、吐息が漏れる。
イチの閉じられた瞳は、充血して紅かった。
冬の海は寒かった。はっきり云えば地獄だと思う。
波は激しく、頬打つ風は冷たいを通り越してイタイ。
音を立てて崩れ落ちる砂は儚く、なんとなく気分を害す。
何でこんなところに来たいんだョ、と恨みがましく前方のイチを睨んだ。
しかしイチは、こちらなど見ていない。
物憂げな背中が哀愁を語る。
イチの意図がわからず、頭を捻る。
海に来たがったのは何故なのか。
先ほどから何も話さないのは何故なのか。
彼は何も話さない。
瞳の先に広がるは水平線。
イチの歌 が聞こえる。膝を抱えて歌う、その歌は俺が教えた歌。
それだけが僕等の繋がり。
僕達の関係が壊れたのはアノ日。
戻らない絆を修復する為に四苦八苦してるのはきっとただ一人。
03.01.22