007:毀れた弓

「射られるものなら、僕を射ってみろ。できたら君の勝ちだ。」
リナイはいつもの嗄れた声でなく、時折見せる何処か心地よい声で、挑戦的に囁いた。

きう、と音を立て、リナイの瞳が新月の近い、三日月みたいに細まる。
力を持つ、リナイの強い眼差しに、辺りの空気が張りつまる。
男と、リナイのいる辺りの空気だけ、まるで別世界のように変化する。
例えるならば、絶体絶命の、命がけの勝負のような。抗えない力に逆らうかのような。

すると、男の放った矢が、地に吸い寄せられるかのように緩やかに下降し、地面に其の身を横たえる。
静寂を破る、大きな音を立てて。

その距離、リナイの前方、約一メートル。

あまりに不自然すぎる。ワザと、では決してない。
男は軽く舌打ちをし、次の矢を弓に番えるとリナイの方へ向けて、正確に勢いを付けて放つ。

綺麗な弧を描き、それは加速を付けていく。
リナイは、背筋を伸ばし、口元に微かに笑みを浮かべると、もう一度小さく囁いた。
高音域で、緩やかに響き渡る。

先刻とは、何処か違う音色で。

言葉を紡いだ途端、依然加速を続ける矢は軋んだ音を立て、男の手に握られていた弓と共に、
破壊音とも破裂音ともつかない音で、粉々に崩れ落ちた。
その欠片が光を乱反射する。

呆然と立ちつくす、男の方へ近づいていくと、リナイは彼に一言告げた。

「まだ、やる?」と。

真剣な、声だった。

007:毀れた弓:唄ツカイ。
毀れた弓っつーか毀した弓です、コレ。
昔発行した「説話集01」より、一部分だけ抜粋。
微妙に改訂しております。

03.09.21

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